元農水次官熊沢さんの長男の心の悲しみ

最近のニュースは、本当に心が痛むものが多いですね。

機能不全の家庭で育った子供や希薄な愛情のもと育った子供が心を失わないための支援が何かできないか、ということはずーっと私の頭の中にあることです。

世の中に起きる事件には、必ずと言っていいほど加害者には、幼少期に受けた傷や健全ではない親子関係、対人関係、孤独…など心の問題が潜んでいると思います。(DNA的にサイコパスである人などもいますけどね)

今回起こった、元農水次官熊沢さんが我が子に手をかけてしまった事件も、なんとも悲しみが深いものです。

幼い頃から障害を持ち、長年引きこもりだった息子は、幼少期からの親との比較や自身の生きづらさに向き合いながら、事件の1週間前、両親の元に戻りたいとSOSを発してたのですよね。そして事件の直前には「俺の人生なんだったんだ、いいよねお父さんは」と泣いたと言うではないですか。

その時が、本当の最後のSOSだったのに。その時、誰か息子をそのまま抱きしめてあげる人がいたら。

先日、行ったマインドフルネスのセッションにご参加くださった方が、「40歳すぎてうつ病になり、1人で生活するにはしんどくなり実家に戻った。その時に母親が何も叱責せず、ただただ、存在を受け入れてくれた。本当に母には感謝している」と。

この熊沢さんの息子が長年欲しかったことは、きっとこの「ありのまま」を受け入れてくれる両親の存在だったのではないでしょうか。社会で輝かなくてもいい、休みたいときは休んでいい。そうやって心が満たされて、また一歩踏み出していく。

家庭内暴力が起きてしまったことで、両親ももう息子に心を開く余裕がなくなってしまったことも理解できますが、問題はやはり「そうなる前」。

事件後も、お母さんは「アスペルガーの子を生んでしまって申し訳ない」、お父さんである熊沢被告も「もっと息子に才能があれば」と息子のありのままを受け入れ息子の生きづらさや苦しみに共感して寄り添う姿勢は一つも見えないままです。それどころかお母さんはお父さんをかばっている始末。お母さんは娘の自殺も「この息子のせい」とも言っていました。

組織開発の仕事をしていてもよく思うことなのですが、「最近の社員はモチベーションが低い、自分から何も提案してこない」など課題として上がってくるもですが、「部下に意識に問題がある、なんとか成長させないと」と問題は外にあるかのような発言が多いのですが、「そうさせているのは誰のどういう振る舞いや言動なのか」と自分自身を振り返ることはあまりありません。

自然界の中で、自然の摂理に適って生き生きと輝いている状態とは、人間も含めた生態から発せられるエネルギーが、上下左右前後に球体に相互にサステナブルに行き来している状態です。何か問題があるのであれば、必ず双方に原因があるのです。

そして、本来子どもに寄り添い、無償の愛や心理的安全基地を与える役割であるはずの両親がそうなれなかった原因は、悪気があって故意にやっているわけではなく、その両親もまた、同じような辛い家庭環境で育ったか、人の心が壊れていく過程についての知識がない(気付かずやってしまっている)か、親としての体裁の方が大事で自己防衛に走っているなど、親側のアンコンシャスバイアス(無意識下での思考の歪み)であることも多いでしょう。

より良い社会、健全な心を育むんでいくには、他人に問題があると思った時にはまず自分自身を振り返ってみる勇気、小さな思いやりや寄り添い、無意識の思い込みに気づくこと今日からできることがたくさんあります。

生きづらさを感じていたり、周囲に課題を感じている方がいたら、個人コーチングや企業向け講座など支援ツールがありますので、ぜひその一歩を踏み出してみてくださいね。

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